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■ 東北ウーマンインタビュー


ひとつのグラスに世界をとり出す

 

ひとつのグラスに世界をとり出す
バーテンダー長沼由利子さんインタビュー

異国の地、香港で出会った長沼由利子さんは東京で行われたカクテルコンペティションでもグランプリをとられた実力派の女性バーテンダーです。バーテンダーになられたきっかけや普段のお仕事の内容、カクテルについて等、お話をうかがいました。
その世界をとって出すのが好き

高橋 )バーテンダーになられたきっかけは何ですか?

 

長沼 )一番最初は、学生時代のアルバイトからでした。私はもともと、学生時代に写真について学んでいました。当時は写真がまだデジタルとアナログの切り替わりの時期だったので、まだフィルムを使っていて。大きい作品作るとなるとどうしてもお金が必要で始めたのが、バーテンダーのバイトだったんです。時給が他と比べて特に良くて、とりあえずやってみようかな、というところから始りました。だから学生時代はお金を貯めて、写真を作って展示会してという風にやっていたのですが、だんだんカクテルを混ぜていくことが楽しくて、そちらの方に興味が湧きました。でもまだ将来を決められなかったので親に相談して専門学校行きました。専門学校に行きながら、お酒の勉強もしながら、週末はライブの写真を撮りに行っていました。そんな生活をしながら将来を決めて行こうとしたときに、ああ、私は何かを作るのが好きなんだなったて思ったんです。写真もなんですけど、その世界をとって出すのが好きというか。

 

 

高橋 )そうなんですね。私も東北芸術工科大学という、芸術とデザインの大学に通っているので、長沼さんも近い分野の方なんだと知って、共通点とかが面白いなと思っていました。

 

長沼 )勉強中は、自身の姉貴分みたいな白川さんをはじめとした先輩方に教えてもらい、大会も出させてもらって。例えば、優勝したときのカクテルは、フラワーシャワーという作品でした。結婚式のフラワーシャワーをイメージして、ジンベースで、バナナとローズとローズマリーを入れて、バラの花束をふわっと投げた時と、でもバラのストレートな香りだけじゃなくて、植物のハーブっぽい香りも一緒に入れ たいなと思ったので、その時の風景をこのグラスに、と思って作りました。一つテーマを決めてそこに向けてまとめて行くっていうのが、写真に関しても好きでした。

初めての挫折と、外国で働く楽しさ
高橋 )香港に来る前は日本でバーテンダーをされていたんですか?

 

長沼 )香港に来る前はオーストラリアにワーキングホリデーで行っていました。世界大会だったりとかバーテンダーの勉強会に参加したときに、違う国の方と接する機会はあったんですけど、話せなくて。
カクテルはわかるけど、言ってることもなんとなくわかるけどコミュニケーションがとれない。そんな時に英語も勉強兼ねて海外で働いてみたいな、と思ったんです。話は少し変わりますが、私には二人師匠がいます。一人目は毛利さんという、銀座のバーの方で有名な方なんですけど。この方のところで5 年働いて、その間に色々大会にも出させていただきました。白川さんにもまた、色々と教えてもらって。それでちょうど大会の区切りがついたところで、次に何かしたいなということで、一回ワーホリに行きたいなって思ったんです。もう稼いだお金は全部大会に費やしてしまったので。

高橋 )お酒自体安いものではないですもんね。

 

長沼 )そうなんです。会社が出してくれるとは言ってるんですけどやっぱりちょっと使って、これ は使えないってなった時に、会社に払ってもらうのがなんか申し訳なく思ってしまって。とにかくお金がかかってしまっていたので、一回バーテンダーは離れて、バイト生活をしました。

それでそのあとオーストラリアに行って、ジャパニーズバーで働いて、そこに就職するまでもすごい色々と大変だったんです。ここで出てくるのが二人目の師匠である上野さんです。上野さんも世界中で凄く有名なバーテンダーだったのでオーストラリアにも知り合いがいて、その方を紹介していただいたんです。けれど、なんせ英語ができないので、面接に行っても意思疎通ができない…。1件目の面接は、お気に入りのスーツを着て、お気に入りのネクタイしめて行ったんですけど、握手をされて、ごめんね来てくれて。雇えないって言われました。その時はもう泣きながら部屋に帰って、ああ、英語できないと仕事すらできない。お金ないしどうしよう。なんでオーストラリアに来ちゃったんだろうって思いました。

けれど、たまたまその後ジャパニーズバーで人を募集してることを聞きました。スタッフが全員日本人か日本語を喋れる人で、英語も話せるので、私のポジションはほとんどカクテルを作ることだけってところでした。いろんなカクテルを作りました。特に思い入れがあるのは鶴の背中にビーズとかを通す糸で針で刺して、穴を開けて、結んで、手作りの折り鶴ピックを飾ったカクテルでした。味もちょっとフルーティでフローラルで甘酸っぱくで飲みやすい感じのものです。デコレーションも、好評で、すごい方はもう一杯、もう一杯って続けて飲まれていて、ふとその方がトイレにたった姿を見たら頭にこれが全部刺さっていたんです。それだけで気に入ってくれたことがわかって、すごく嬉しくて、それでもうちょっと海外で働くってのも楽しいなあって思ったんです。

ただ、ワーキングホリデーのビザは1年なので、これからどうしようって時に、海外でやりたいと思いまして、上野さんにオーストラリアに就職ありませんかって聞いたんです。そうしたら、ないね。香港ならあるけど、どうって言われました。嫌ですって最初は断ったんです。ただ、もう一回聞いてくださったんです。半年から1年でいいから行かないかって。それならいいかなあ、って思って。何様だよって感じなんですけどね(笑)。なので一回オーストラリアから戻って、銀座の上野さんのところで1年間、またゼロからやり直して、香港に向かいました。

高橋 )師匠による違いってどういうところが難しかったですか?

 

長沼 そうですね、まずレシピも違えば、全くやり方も違います。シェイクの仕方も違いますね。上野さんはもうすごいんですよ、すごい天才だと思います。7種類のシェイクを使い分けるんです。もう驚きですよね。

 

高橋 )私が前に行ったことのあるバーが、氷を入れてシェイクしてって感じの作り方だったので、長沼さんの作り方を見て、とても綺麗な所作だと思いました。
全然そういうのに詳しくなかったので、独自のものなのかとびっくりしていたんです。

 

長沼 ) ありがとうございます。いろんな系列があって、スタイルは師匠によって違いますね。白川さんのところとは近いかもしれませんね。 今の私のは、上野さんのスタイルですね。
漢字に助けられ、スタッフに助けられ
高橋 )香港に来た時は、英語はどうでしたか?

 

長沼 )やっぱり英語はあまり上手ではありません。ただ、例えばスタッフと働いていて、会話もしますけど、これを君にやってほしい。ってお願いする時には、もうほんとにゆっくりわかりやすく話します。それと、うちのみんなオタクなんですよ。アニメ、漫画が好きで。アニメとか見るので日本語がわかるんです。なので、たまに英語でなんて言うんだろうって時は漢字を書いて見せてみますね。フルーツの柿とか伝わらないので。日本人英語でいうとこうだけど、私の発音がいけないのか、今日のフルーツこれがるんですって英語で言っても伝わらなくて。けれど柿、って漢字で書いて伝えるとわかるんです。それが、香港でよかったなあって思いましたね。漢字に助けられ。

 

高橋 )香港と日本での違いはありましたか?

 

長沼 )日本以上に新しいものに敏感ですね。えっ、これ見たことない!いい!みたいな。日本人の方がバーにきて頼むのは大体決まってるんですけど、香港人の方は「what’s new?」ってまず聞かれます。なので、香港に来てからは何が使えるかな、何が見つかるかな、何ができるかなって常に考えています。

 

高橋 )常に新しいカクテルのことを考えているんですね。

 

長沼 )そうですね。頭の片隅にはいつも。あっ、これカクテルにしたらいいんじゃないとか、メニューどうしよう、次のカクテルどうしよう、フルーツどうしよう、何が手に入るかな、とか。

 

高橋 )スタッフに指導や指示を出したりする上で工夫している点などはありますか?

 

長沼 )みんなやる気があるので、私が指示しなくても常にやってくれますね。特にうちの末っ子は、ほぼ経験ゼロから始めましたけど、すごく伸びました。彼は私がお酒好きなの知ってるので「ユリコさん、何か飲みたいでしょ?作っていいですか」ってよく聞いてくれるんです。みんな真面目にバーテンダーとしてのスキルアップを目指しているのでやる気があるのを感じると私もアドバイスしたりとか、わからないと上野さんに動画送って、どうですか、とか聞いてみたりしてますね。

高橋 )長沼さんがお客さんと接するときに心がけていることはありますか?

 

長沼 )お酒を飲みにいらしてるので、何が欲しいのかということは気をつけるようにしています。 例えば、何か甘いものが飲みたいの、って言われたときには、自分が作りたいんじゃなくて、 何が飲みたいんだろうかと考えます。オススメはお伝えしますけど、その甘さはクリーム系かさっぱり系かでも全然異なりますよね。

 

高橋 )難しくないですか。お客様が求めているものをお作りするのって。

 

長沼 )そうですね、とても難しいです。けど、この前嬉しいことがあったんです。
シンガポールからの旅行者で2日連続来てくださった方がいたんですよ。2日目に来たときに「実はね、今日起きた時からあなたのカクテルが忘れられなくて、だから今日も来ちゃった。」って言われまして。それも、自分のオリジナルだったのですごく嬉しかったんです。そういう言葉をもらえるとやっていてよかったなってやりがいを覚えますよね。 今まで積み上げたものをダイレクトに言ってもらえるので。それがあるから続けていられるんでしょうね。

 

仕事への愛が、なくてはならない武器

 

高橋 )長沼さん自身の夢や目標はなんですか?

 

長沼 ) 寿退社ですかね(笑)。やっぱりこれは白川さんと一緒にいた時から私、寿退社します!と宣言だけはしてるので、そのうち。 今はもう本当にお店を楽しんでいるので。お仕事が大好きという感じが、なくてはならない武器なんだなあ、と思っています。これからもバーテンダーをやり続けたいなって思っています。

 

高橋 )長沼さんオススメのカクテルを教えてください。

 

長沼 )オススメですか、たくさんあるんですよ。本当語りきれないくらいですね、悩みます。

高橋 )そうなんですか。お店には何種類くらいのカクテルがあるんですか?

 

長沼 )何十種類でも。ベースが変わればカクテルも変わるので、変幻自在なんです。

 

高橋 )ではもし、こういう系のカクテルが飲みたいのだけどって要望があったら、普段あるメニューだけじゃなくて、その場で考えて作ったりとかできるのですか?

 

長沼 )できます。香港人の方は「Anything OK,surprise me.」っていう注文もあるので。最初はえっサプライズ?わかんないよって感じだったんですけどね。「なんでもいいから、あなたのオススメを頂戴」ってことなんですね。そう意図と解釈してじゃあこれでどう?って。それでまたきてくださるとよかったて思いますね。

 

高橋 )長沼さんにとって、カクテルを作ることはどういうことですか?

 

長沼 )そうですね...私は実感がないんですけど、オーナーはよく「ユリコさんはアーティストだから」っていうんですよ。多分ものを作るのに対しては忍耐力はある方なんだと思います。バーテンダーにも色々種類はあるので、もちろん全てできたほうがいいとは思うんですけど、やっぱりお話ししたり、カクテル作ったりサービスしたりってある中で、特に私はモノづくりがあるからバーテンダーやってます。就活で悩んだとき、働くなら、私はカクテルを1杯作りたいなあ、とそう思ったんです。 やっぱり「君のジントニックは美味しいよ」とか言ってくれたりするのがうれしくて。そう思うと、バーテンダーのお酒を作ることが向いていたのかなあと。なので私にとってカクテルは「仕事」そのものですかね。
 

 

( 撮影 : 菊池みなと )

profile
長沼由利子さん
 

 

1984年山梨県生まれ。大学で写真を学んだ後、バーテンダーの世界に入る。

赤坂のBar Blossom では毛利隆雄氏に師事。

ワーキングホリデーでオーストラリアに渡り、帰国後、銀座のBAR HIGH FIVEで上野英嗣氏に師事。

上野氏プロデュースのBAR DE LUXEでヘッドバーテンダーとして勤務。

現在は日本に帰国中。


interviewer
高橋有海
出身地:山形県舟形町
趣味:日本酒の飲み比べ、料理
東北の好きな所:春は山菜、夏は地元の若鮎、秋はきのこ、冬はこたつで飲むお酒
モットー:思い立ったが吉日
ひとこと:東北のおいしいもの、たくさん食べます。
<編集後記>

今回取材に伺った際、作っていただいたのが、記事の最後に載せている写真のカクテルたちでした。中でも一番上の写真のカクテル「ミスティ」は岩手のお酒、南部美人を使っているそうで、東北のものを使ったカクテルを提供しているというところで、共通点があり是非とお願いしました。取材、撮影は香港にあるBar De Luxeさんで行い、当時働かれていた長沼さんをはじめとしたスタッフの方々に協力していただきました。皆さんとても親切で、感謝の言葉がつきません。長沼さんは現在は日本に帰国されていますが、Bar De Luxeさんは現在でも香港スタッフの方々によって運営されていて、二年連続タイムアウトバーランキング一位だそうです。気になる方は是非、香港旅行の際によってみてください。とても繊細で綺麗なカクテルは作っているときも、飲むときも、五感すべてを使って楽しめるような、わくわくしたものでした。ごちそうさまでした。