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■ 東北ウーマンインタビュー


東北で働く人々のロールモデルをつくりたい

東北で働く人々のロールモデルをつくりたい
認定NPO法人底上げ スタッフ 江川沙織さんインタビュー

東日本大震災後、宮城県気仙沼市で立ち上がった認定NPO法人底上げ。「できる感覚を、動く楽しみを、生きる喜びを、すべての若者に。」をモットーに地元の高校生、大学生を中心とした様々なプログラムを行っています。5名のスタッフで運営する中、唯一の女性スタッフである江川沙織さんに活動に対する想いや、自身のこれからの働き方について詳しくお話を伺ってきました。

 

認定NPO法人底上げとは?

 

2011年に発生した東日本大震災後に、宮城県気仙沼市で立ち上がった認定NPO法人です。

東北の高校生が“自分のやりたいこと”と“地元のためにできること”を考え、行動をおこすサポートをしています。主体性や自ら学ぶ力、課題解決力を身に着け、同時に地域に根差した活動を通し郷土愛を育むことで、新しい社会やワクワクする地元をつくることができる人材を育成しています。(以下底上げ)

 

「普通で良いのか?」転職のきっかけは東日本大震災だった
 
 
菊池) 江川さんは16年から、底上げに参画したとお聞きしました。その経緯をぜひ教えていただきたいです。

江川 ) 11年にUターンをし、地元の宮城県に戻ってきたのですが、底上げに関わる前は、復興支援の財団で働いていました。東日本大震災をきっかけに立ち上がった団体や、NPO向けに助成金や資金提供を行う財団です。中でもNGOと共同で行った、子ども支援の助成金プログラムに携わっていました。 100団体ほどサポートをしていたのですが、底上げもその1つだったんです。その頃に、底上げの代表と事務局長と出逢ったのですが、自分と同い年ということもあり、何度か話すうちに仲良くなりました。当時は高校生支援の団体が少なく、支援が足りていない印象でしたね。
私自身、キャリアとして地域やNPOで経験を積みたいという強い気持ちがあったので、ネクストステップを探している時に声をかけてもらい、16年からスタッフとして関わっています。

菊池 ) 一度地元を離れていたということですが、Uターンのきっかけは東日本大震災が関係していたのでしょうか?

江川 ) 実は全然関係がなくて。横浜の大学を卒業後は4年間、銀行員として働いていました。働きながらも「いつかは地元に戻りたい」という気持ちはあったと思います。その頃、実家で一緒に暮らしていた母方の祖父の介護が必要になりました。家族をサポートするなら今しかないとUターンを決意しましたね。11年3月に退職することは決まっていたので、震災が起きたのはそのタイミングでした。

菊池 ) そうだったのですね。予期せぬ事態だったと思いますが、震災の前後で心境の変化はありましたか?
 
 
江川 ) Uターン後は転職活動をしていたのですが、県内の中心部は日常に戻っているものの、沿岸部は大きな被害を受けていました。阪神淡路大震災の経験から、復興には数十年かかると言われている中で「普通に働いていて良いのか?」という疑問が芽生え始めました。
そんな時、NPO法人ETIC.という団体が、震災後に立ち上がった団体の右腕となる人材を派遣するプロジェクトを行うことを知ったんです。銀行員をしていた経験から、使い方次第で社会を良くするお金の流れがつくれないのかと考えていたので、ETICの右腕派遣プロジェクトで財団のことを知り「これが自分のやりたいことだ」と思いました。きっかけは震災でしたが、興味があった分野に関われるチャンスだと感じ、財団に入ることを決めました。

菊池) 過去の経験が今のキャリアに繋がっているのですね。
 
活動の中で得たたくさんの学びや気付き
菊池) 江川さんの活動について教えていただきたいです。
 
 
江川 ) 気仙沼市と仙台市が中心で、月に数回岩手県で活動しています。 気仙沼市では底上げの活動をし、仙台市では高校生を伴走する大人のネットワークづくりや、月に1回「底上げDrinks」という高校生が地域を知る機会を増やす交流イベント開催しています。岩手県では、16年からNPO法人wizの活動に一部携わっています。基本はオンラインですが、大学生の実践型インターンシップの事前面談や、岩手県紫波町の事業を担当していますね。紫波町では、年に2回SHIWA SAKE CAMPというお酒を軸に地域活性を考える大学生向けプログラムを行っています。大学生と紫波町の4つの酒蔵やワイナリーを回り、地域活性のプログラムを考えるワークショップを行ったりしています。

 

 

 

第19回底上げDrinks@仙台の様子
 
菊池) 底上げでは、具体的にどんなプロジェクトに携わってきましたか?

江川) 私が底上げに加わった年にSOKOAGE CAMPというプログラムが始動し、現在も行っています。SOKOAGE CAMPは、合宿を主軸として自己を見つめ変化させる対話型プログラムです。気仙沼市の廃校を使い、自然溢れる場所で6日間集まった仲間と対話やワークショップを行います。プログラムが終わりではなく、これからも続く関係がつくれる場所です。
あとはソフトバンクが支援している、TOMODACHI サマーソフトバンク・リーダシップ・プログラムに東北の高校生をサポートする大人として、16年と18年に参加しました。東北の高校生100人がアメリカで学んできたリーダーシップと、地域貢献の実現をサポートしています。

菊池 ) お話を聞いていると、東北の高校生や大学生と活動する機会が多いですね。

江川) そうですね。学生のプログラムでは、ワークショップの企画や設計をすることが多いですが、最近は大人向けの事業も増えてきています。気仙沼市と、地域の様々なプレーヤーが集まり気仙沼まち大学を立上げ、地域の人材育成を推進する為の取り組みの検討や、コワーキング・シェアスペースの運営などを行っています。 私は、気仙沼まち大学のなかでもローカルベンチャーと言われるような、新しい事業に挑戦する人を増やす為の取り組みに参加しています。「地方で働きたいけど、どうしたら良いのか分からない」という人向けに、気仙沼市での事業を紹介するイベントを開催しています。東京でもイベントを開催するので、活動の幅は広がっているように感じます。

菊池 ) 底上げのプロジェクトの中で、特に印象に残っているものはありますか?

 

 

江川)どれも思い出深いものばかりですが、スタート時から関わっているSOKOAGE CAMPですね。キャンプで関わった大学生は、今でも繋がりが続いています。最近は、過去の参加者もインターン生として関わってくれているので、参加者の成長した姿が見れるのは凄く嬉しいです。 先ほども言ったようにプログラムが終わりではなく、関係が続いていくのが良いところなので、スタッフとは「家族を増やすプログラムだよね」とよく話します。
2月から3月にかけては、12期・13期・14期のキャンプがあります。1回のキャンプは基本10人なのですが、参加したことのある人が次の参加者を紹介してくれるんです。「SOKOAGE CAMP知ってます」「興味ありました!」という人が、じわじわと増えている印象ですね。
 

 

菊池)「信頼関係を築ける場所」なのが凄く伝わってきます。6日間で何か変化は感じるのでしょうか?

江川)個人的には、自分の思いを話す機会がないことを痛感させられますね。参加して初めて「実はこう思っていた」「こんなことを考えてた」という人が凄く多いんです。 思いを吐き出すことで新しい気付きを得たり、悩んだり、考えたりする時間を一緒に過ごすことに意味があると思います。ここで過ごせたから、これからも一緒に過ごせるよねという気持ちが大事だなと。大きく変わるというよりは、付き合っていけるという確信です。 もちろんキャンプに集まってくる人は毎回違うので、生ものという感じがします。私はスタッフとしてファシリテーターをしたり、対話をしたり、参加者のご飯を作ったりしています。(笑) いつ、どんな話をしても良いと思える空間づくりを、いつも大切にしていますね。
 

 

菊池 )話をしても良いと思える空間を作るのは、簡単なようで難しいことだと思います。どんな工夫をされていますか?

江川)昨年の夏のキャンプでは、積極的に昼寝をしていました。 寝て、起きて、話す。これをずっと繰り返していましたね。(笑) 他には「美味しい」「楽しい」など、思ったことをきちんと言葉にすることを心がけました。プログラムに参加すると、“きちんとしないと“という気持ちになりますが「わたしも好きにするから、好きにしていいよ」という自由なスタンスでやっていました。

菊池)そうなのですね。非日常な空間、刺激的で楽しそうです!

 

 

江川)学校という場所は「きちんととしないと…」と思いがちですが、普段の学校生活では絶対に出来ないことをやるからこそ、意味があるんです。参加者よりも、スタッフのほうが走り回って楽しんでいるかもしれません。(笑)

 

学生時代の経験が今の働き方に繋がっている
菊池 )江川さんは趣味や好きなことは何かありますか?

江川)旅をすることですね。幼い頃から家族旅行でシンガポール、オーストラリア、ヨーロッパなどに行っていたので、知らない土地に行くのが好きになりました。一昨年には、底上げのスタッフと参加した学生たちと一緒にカンボジアに行きましたね。アンコールワットに行ったり、バナナペーパーを作っている人のところに行ったり…とても充実していました。カンボジアに行ったときは、現地集合・解散だったので、その後は1人でタイに行き、島に渡ってビーチで優雅にゴロゴロしていました。(笑)

菊池 )学生時代にも旅をした経験があるそうですね!
 

 

江川)1年間大学を休学し、タイ、カンボジア、ラオスなどアジアを中心に周りました。1人っ子ということもあって単独行動は全然平気でしたね。本で調べたり、現地の人に聞いたりしながら旅をしていました。ローカルに溶け込むのが好きだったので、同じゲストハウスに一週間泊まり、現地で人気の屋台に行って過ごしていました。観光よりも滞在がメインの旅でしたね。

菊池 )旅する中で見つけた自分は何かありましたか?

江川 )人って、どんな場所でもなんとか生きていけるんだと思いましたね。日本で当たり前になっているサービスが、環境に左右されることを知りました。
旅をしている最中、工芸品の傘を作っている作業場を見たのですが、そこで働く人たちは電話やおしゃべりばかりしていて、傘を作るという仕事が進んでいないんです。 洋服屋も、接客をせず携帯ばかりいじっていて。お昼にカップラーメンを食べ始めて、お店の中がカップラーメンの匂いでいっぱいなんてこともありました。(笑)
でも、作業場も洋服屋も働いている従業員が凄く楽しそうなんですよね。その姿を見ているうちに、海外の働き方のほうが楽しそうだなと思いました。日本は安くて、良いサービスまでついていますがそこまでやるべきなのかとも感じたり。マニュアル通りにサービスを届けるよりは、自由にニコニコ働いているほうが楽しそうだなと。そういった意味で凄く視野が広がりましたね。今の自分の働き方や考え方に、繋がっていると思います。

 

東北の強みを生かしたこれからの働き方
 

 

菊池 )気仙沼市を中心に、東北で働く中で気付いたことはありますか?

江川)働き方を自由に選べることですね。私のようにいくつかのプロジェクトを掛け持ちする人や、制作活動をしながら働く人が東北には多くいます。自分が変えたいと思うタイミングで、職業を選択が出来ると感じていますね。 あとは、首都圏よりも、確実に1人に期待される役割が大きいです。東北でやるからこそ、オンリーワンになれるものがたくさんあると思いますね。 人はよくも悪くも、農耕民族みたいな人が多いです。長い目で見ると、何かをコツコツ頑張っている人が多いなと。良いところである反面、変化に弱いなと感じたりもします。

菊池 )変化に弱いとは具体的にはどんなことでしょうか?

江川)保守的なところは多いですよね。女性が表に出てきてない土地柄というのもあるので、女性がもっと出てくると空気が変わる気がしています。元気で、エネルギッシュな人もたくさんいるので!

菊池 )江川さんもその1人だと思います。気仙沼市をはじめ、東北では今後も復興事業が進んでいきますが、どう変化していくと感じますか?

江川 )そこに住む人達がどうしていきたいかが重要だと思います。
復興に関連しているかは分かりませんが、私自身は1つの働き方のロールモデルをつくりたいです。どの地域でも働く上で、自分のやりたいことや力を発揮できる選択肢がなかなか見えないので、ハードルを下げられればと考えていますね。東北に住む人が好きなことを柔軟に出来るよう、選択肢を増やす1人になりたいです。

菊池 )東北での新しい働き方が増えるかもしれませんね。それらをふまえ、これからやりたいことをぜひ教えてください。
 

 

江川)2~3年ごとにやりたいことを振り返るタイミングがあるのですが、まだやったことないことをやりたいです。新しいことをつくるのか、全くやったことないことに関わるのかまだ中身は決まっていません。今までは人に関わることや、思いを引き出して応援することが多かった分、私からも伝えたいことがあるなと。どこかの場面で、自分の思考や感情を伝えられる方法はないかと考えています。
底上げの活動ではSOKOAGE CAMPはもちろん、長期的な事業にも取り組みたいです。NPO法人底上げという箱にこだわらず、やりたいと思ったことはやり続けたいですね。もしかしたら、2年後に突然「やめよう!」なんてことが起こるかもしれませんが、そのこと自体も楽しめそうな気がしています。(笑)

菊池 )ゲリラ感を大切にしたいということですかね?

江川 )ゲリラ感、よく言われます。(笑)

菊池 )今以上に、東北から活動の幅を広げたいという気持ちはありますか?

江川)他の地域でも活動したいですが、一周回ってやっぱり東北が好きだなと思います。 私は大学で一度出たことで、その気持ちがより強くなりましたね。会いたいと思った人にも会いやすいですし。3人くらいに声をかければ、会いたい人にたどり着けます。 行動した結果が見えやすいところが好きなのかもしれません。

菊池 )東北の良さを生かした新しい働きが、もっと見えてくると感じました。貴重なお話を本当にありがとうございました。
 

(撮影:高橋有海)

≪認定NPO法人底上げ≫

 

 

〒988-0023

宮城県気仙沼市南ヶ丘2-2-12

TEL/FAX : 0226-25-9670

MAIL : info@sokoage.org

底上げHP :  http://www.sokoage.org

 

profile
江川沙織さん
 

宮城県仙台市出身
横浜市立大学卒業後、金融機関に勤務の後
なんとなく芽生えた地元愛からUターン
民間財団職員を経て2016年より底上げの活動に参画
趣味は海外旅行と野外フェスに行くこと
好きなアーティストはレキシ

interviewer
菊池みなと(特捜きくち)

出身地:宮城県石巻市
趣味:くるりの音楽を聴きながら電車に乗ること
東北の好きな所:東北に住む人の優しさ、あたたかさ
モットー:つながりは力
ひとこと:東北で得た「つながり」は大切な宝物です
<編集後記>
 東日本大震災からまもなく8年。NPOは行政・企業との連携が必要と言われる中、震災で大きな被害にあった気仙沼で、東北の学生を中心に事業を行う底上げについて興味深く、お話をお聞きすることが出来ました。
 江川さんは、底上げの活動のみならず、東北各地で活動されていますが、出逢う人たちとの「今」と「これから」、両方の繋がりを大切にされていることが凄く伝わりました。SOKOAGE CAMPのお話を伺った中で「大きく変わるというよりは、付き合っていけるという確信が持てる場所」という言葉が忘れられません。家や学校とも違う、第2の居場所が出来ることに羨ましさを感じました。
 参加させていただいた底上げDrinksでは「嫉妬はなぜするのか?」について、高校生や大人の方々とディスカッションしたのが凄く印象的です。東北で働きたいと強く思う自分にとって、今後にキャリアを考える貴重な機会でした。本当にありがとうございました。