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■ 東北ウーマンインタビュー


過去の遺物を後世に残し伝え続ける

過去の遺物を後世に残し伝え続ける
東北歴史博物館 学芸員(保存科学) 芳賀文絵さんインタビュー
宮城県多賀城市にある、東北歴史博物館で保存科学の学芸員として博物館を支える芳賀さん。遺物の保存や資料の調査を行う上で欠かせない“保存科学”という分野について詳しくお話を伺いました。
作品をより長く残す
小松 ) 学芸員のお仕事内容について教えてください。

芳賀 ) 学芸員には様々な分野があります。歴史を専門にしたり、民俗や美術の専門、その中でも、私は保存科学という分野を担当しています。 保存科学という分野は、まず資料をより長く残すための、収蔵庫や展示室などの保存環境の管理を行っています。 展示室の中の温度や湿度を測定したり、資料の安全を守るために、害虫やカビの生息調査を行います。温湿度の管理は作品を劣化させる原因ともなるため、重要な作業です。 そしてもう一つ、東北歴史博物館では宮城県から発掘された出土遺物の保存処理も行っています。その際は“科学“という名前がついているように、科学的な処置も含めます。

小松 ) 分野が細かく分かれているのですね。保存処理はどのような作業がありますか。

芳賀 )発掘された金属製品は最初、土やサビに覆われています。展示される状態になるまでには、レントゲン(X線)の機械で発掘された資料の写真を撮り、遺物の内部調査を行います。そうすると、土やサビで覆われて、肉眼ではわからなかった資料の形状がわかるようになります。資料の状態の確認ができたら、次はミニターなど歯医者さんの歯を削るような道具を使い、サビを落として、脱塩や樹脂に含浸させ、展示室に展示されているような状態に処理をします。

小松 ) かなり時間のかかる作業ですね。

芳賀 ) 作品がより長く保たれるために安全な環境を維持したり、保管されるための処理を施したりしています。

小松 ) とても繊細な作業が求められるお仕事ですね。

芳賀 ) そうですね。資料を生で直接見る事が出来たり、触れる事ができるので、すごくおもしろい分野です。

小松 ) 長い年月が経ったものは、壊れやすかったり、脆かったりすると思うのですが、作業の途中で壊れる事はありますか。

芳賀 ) どうしても壊れてしまうことはあります。ものが壊れるのではなくとも,金属の作品でも、その作品の上に全然違うもの、例えば漆や革が塗られていると、発掘された時は、ほとんど土で覆われているので、気付かないことがあります。そのまま違う作業を施して、落としてしまったり、外れてしまうことがあります。なので、できるだけ事前の調査を丁寧に行い、大きな顕微鏡でモニターに映して、どういう姿で資料が残っているのかを鮮明に調べてから、保存の処理を行うようにしています。

小松 ) 下調べにかなり時間が費やされるのですね。

芳賀 ) この情報から、今度は歴史の分野など、他の分野の学芸員の方々が、作品がどのように、誰が作ったのか、どういう位の人が使っていたのか、など作品の背景について調べられていきます。他の分野の方々と協力して、作品や資料を様々な角度から調査します。

小松 ) 博物館で普段私たちが見ているものは、色んな人たちの手がかかって、ようやく展示されているんですね。

芳賀 ) そうなんです。私たち保存科学の分野は、あくまで処理や保存の方法を中心に携わっており、歴史的意味であったり背景などの調査研究は、文献調査と発掘調査に基づいて調査を行う他の分野の学芸員さんの協力のおかげです。

小松 ) 遺物が見つかってから、展示に至るまで一体どのくらいの時間がかかりますか。

芳賀 ) “もの“にもよりますが、少なくとも半年~1年以上の年月はかかります。まず遺物の記録を行い、処理に半年~1年、その後報告書や遺物の成果を表明し、遺物の価値や位置づけを行います。そしてようやく展示の内容が決まります。
過去から未来へ繋ぐ
小松 ) 学芸員の資格は取るのが難しく、狭き門という風にお聞きしたのですが、どうして目指そうと思ったのですか。

芳賀 ) 初めから学芸員になりたいと思っていた訳ではなく、学生の時は伝統工芸について学んでおり、全然違う分野を専攻していました。 当時、昔から伝わってきた“もの“を後世に伝える、”伝統工芸“を大切にして未来に残そうと動いている方のお話を聞いて、自分も過去から伝わってきたものを、後世に残すための手助けがしたいと思いました。その時に知ったのが保存科学という分野でした。 この分野は、博物館で大事に残されているものを、より安全に後世に残すために環境を整えてたり、科学的な処理を行い、脆弱なものを保護する作業を行うと知り、もう一度大学院で保存科学の分野について勉強をしました。その後こちらの東北歴史博物館とご縁があって就職しました。

小松 ) 学生の時から、歴史あるものを後世に残していきたいという想いがあり、今の学芸員というお仕事に繋がったのですね。
博物館の天敵
小松 ) 一日のお仕事の流れを教えてください。

芳賀 ) 毎日決まっていなく、午前中は保存処理のためのX線を撮ったり、金属製品の保存の処理をしたり、午後は実務を行ったりしています。丸一日、博物館の展示室と収蔵庫の環境調査を行う日もあります。あとは、展示室などに設置したトラップを回収して、虫の調査なども行っています。

小松 ) 変則的で動き回ることが多いですね。虫の調査はなぜ行うのですか。

芳賀 ) 博物館に展示している資料を食べてしまう虫が博物館内に侵入・発生していないかを確かめるためです。紙や毛皮を食べたり様々な害虫がいます。その対策でトラップを設置しています。また、温度によって捕まる虫の違いを記録したり、どこで捕まったのかなどを記録しておくことで、来年の対策ができます。殺虫剤の設置や、清掃に力を入れたりなど、記録を取る事で、被害を防ぐ事ができます。

小松 ) なにか事件など起こったりしましたか。

芳賀 ) 夏頃に、赤ダニがエントランスの窓のパッキンの所に沢山発生したことがありました。資料を食べる虫ではないですが、この虫を餌に他の虫が寄ってくるので、対処をしました。

小松 ) 毎日変化に気を配って注意深く見ないといけないですね。

芳賀 )解説員さんや他の従業員の方たちに協力してもらって対策しています。

小松 ) 何人くらいの方が働いていますか?

芳賀 )大体50人くらいです。その中でも、学芸員は20人くらいです。その他に解説員、管理部の方、経理、清掃、空調メンテナンスの方など沢山の職種の方たちがいます。

小松 ) 沢山の方たちの手でこの博物館は支えられているのですね。
知識と経験

※X線の当て方で見え方が違う。密度が低かったり,亀裂があると黒く線が入ってみえる。目視ではわからないひび割れなどがわかる

小松 ) 好きな作業や、やりがいを感じる瞬間はいつですか?

芳賀 ) 一番面白いなと思うのは、レントゲンを撮る瞬間です。目で見ても何の形かさっぱりわからない、どういうものが中に入っているのかわからないものがレントゲン写真を撮影する事で、モニターに形がはっきり映ると、面白いなと思います。 今まで何かわからなかったものが,顕微鏡やレントゲン撮影などを通して,わかっていく瞬間にやりがいを感じます。

小松 ) 経験を積んだからわかる事やできることはありますか?

芳賀 ) 様々なものを見て、触れる事で、自分の中に情報が蓄積することで、経験から遺物を参照できる事が多くなりました。実際の自分の目で見たものと文献で調査した事例などとが合致する機会が、最初はなかなかなかったのですが、だんだんとわかるようになりました。

小松 ) 日常的に資料を見たり勉強されているのですか?

芳賀 ) 毎年資料の処理を行っているので1年間の大きなスパンでみるとそうですね。

小松 ) 毎日の積み重ねがこうやって日々に生かされていくのですね。

小松 ) 一年の中で一番忙しい時期はいつですか?

芳賀 ) 12月~3月にかけてが一番忙しいです。保存処理を行っている遺物の報告や資料の処理の完了をしなければならないので。 展示室の環境管理では、6月の梅雨の時期や9月の少し涼しくなる秋頃が一番忙しいです。虫が元気になる時期なので、害虫の対策を行います。

小松 )東北歴史博物館ならではの魅力はなんだと思いますか?

芳賀 ) 東北歴史博物館の駅の反対側には、国の特別史跡に指定されている多賀城遺跡があります。さらに博物館には,そこから発掘されてきた資料や、昔の生活に縁が深い遺物がこの博物館に保管され展示されています。地域と非常に縁が深い所が一番の魅力だと思います。 多賀城の史遺跡巡りをしてから博物館にいらっしゃるお客さんもいます。

小松 ) 実際に遺跡を見て、その資料も見れるのは非常に魅力的な環境ですね。
見た目の魅力だけでなく
小松 ) これから挑戦したいことはありますか?

芳賀 ) 作品の見た目の美しさだけでなく、展示に至るまでの作品の分析方法や、作品の持つ情報、材質など、保存科学の分野についてもっと知ってもらえる機会を増やしたいです。

小松 ) 展示に至るまでの過程などを知る機会はあまりないですよね。お気に入りの作品などはありますか?

芳賀 ) 入の沢遺跡というところから出土した銅鏡の上に絵の具(顔料)が付着している資料があって、その処理はよく記憶に残っています。その他にも,同じ遺跡から,鏡が布の袋にしまってあり、銅鏡の金属のサビが布に染み込んで、布が残っている事例がありました。布の織り方や繊維、鏡の保管方法を示すものになったので、思い入れが深いです。

小松 ) そういった状態で発見されるのは珍しいのですか?

芳賀 ) もちろん全国にはいくつか事例はありますが、この遺跡では立派な鏡が住居の中から出てきたという点が非常に珍しい事例でした。通常は古墳などのお墓の中で埋葬される時に一緒に副葬品として入れられるものなので。

小松 ) 作品の背景を知ると、“モノ”の価値が高まりますよね。この博物館の中で一番古いものはなんですか?

芳賀 )種類にもよりますが,旧石器時代の資料や,保存処理が行われたものですと、※縄文時代の貝塚(貝のゴミ捨て場)の層をはぎ取りなどがあります。崖になっている地面を薬品を使って固め、ガーゼを貼って剥がすと地層をはぎ取る事ができます。 地層に埋まっている貝の年齢を見て、季節を推測したり、地層の重なりから当時何が起こったのかを判断したりします。

※縄文時代の貝塚(貝のゴミ捨て場)の層をはぎ取ったもの


小松 ) 一つ一つに本当に沢山の情報が詰まっていますね。
背景を知る事でより楽しめる
小松 ) 展示する事が難しいものなどありましたか。

芳賀 ) はい、難しいのかはわかりませんが、面白い事例として、以前、展示の担当者の方に、縄文時代の食生活を紹介するために、(比較するために)土器の中に入ったごはんを表現したいといわれました。その時は、ごはんをフリーズドライさせて、金属の保存処理につかう樹脂を上にかけてレプリカご飯を作りました。なるべく専門の学芸員さんの理想と技術的にできる事の折衷案を探します。

小松 ) フリーズドライ!害虫対策ですね。お客さんに対しての工夫などは何か行っていますか?

芳賀 ) 自分たちが伝えたい事と、お客さんがわかりやすいと感じる事に、違いがあるので,そこのギャップを埋める事を心がけています。特に保存科学の処理などを紹介するときは日常生活で目にするモノを用いて作品の説明をしたりしています。例えば、「緑青」という専門用語を出すのでなく、10円玉が緑色に錆びることで例えたりなど、理解を深めるキッカケを作る事を心掛けています。

小松 ) 身近なもので例えて教えてもらうと、わかりやすいし記憶に残りやすいですよね。

小松 )この仕事を通して伝えてたい事はありますか。

芳賀 ) 博物館は展示室が一番印象深く感じられると思いますが、実は収蔵庫の空間の方がずっと広かったりします。作品が展示に至るまでにかかる時間や作業内容、作品の見た目だけでなく、作品に関する情報や保存し残そうと努力している人の存在を知った上で展示を見て頂くと、より一層博物館の展示が楽しめると思います。

小松 )今回初めて保存科学のお話を聞いて博物館を見る目が変わりました。本日はお話ありがとうございました。

(カメラ担当・菊池)

≪館内の様子≫

 

 

 

 

 

 

 

 

≪東北歴史博物館≫

 

〒985-0862

宮城県多賀城市高崎1丁目1

TEL : 022-368-0106

開館時間 : 午前9時30分から午後5時まで(※観覧券の発行は午後4時30分まで)

休館日:毎週月曜日 (祝・休日の場合はその翌平日)、年末年始 (12月29日から1月4日まで) ※上記によらず開館・休館とする場合があります。

東北歴史博物館の詳しい情報は公式HPをご覧ください。

 

 

profile
芳賀文絵さん

神奈川県相模原市出身
東京藝術大学大学院文化財保存修復課修士課程 修了後
2013年4月より東北歴史博物館学芸部所属
interviewer
小松瑠惟

出身地:北海道網走市
趣味:部屋掃除
東北の好きな所:四季があって桜がきれいなところ
モットー:終わりよければすべてよし
ひとこと:東北の春が大好きです
<編集後記>
私たちが普段博物館で目にしている作品の裏側には、沢山の人の“後世に伝え残す”という想いと、たゆまぬ努力がそこにはありました。知識と経験、技術力があって、初めて私たちは日本の歴史に触れる事ができるのです。 目先の情報だけでなく、その内容であったり、経緯などを知る事でより一層、博物館で過ごす“時間”を有意義にできるのだと痛感しました。